金融危機と信用収縮:カウフマンの警告

ここに一冊の本がある。「カウフマンの警告」(Interest Rates,the Markets,and theNew Financial World;Kaufmann)
尊敬する経済学者 佐藤隆三氏が邦訳したHenry Kaufmanの本である。
カウフマン博士と佐藤隆三氏
カウフマン博士は、ソロモンのシニア・パートナー、副会長を経て、1988年ソロモン退社後、経済・金融コンサルタント会社ヘンリー・カウフマン&カンパニーを設立し、現在もご活躍中です。
佐藤博士は、経済成長理論の研究者であり、資本市場への関心から、この優れた本の翻訳をされたのでしょう。この警告の書が出版されて後、カウフマン博士はソロモンを退社され、米国の金融機関の役割のたいして、特にレバレッジの進展に警鐘を鳴らしている。経営方針をめぐる意見の相違があったようです。
このことは、最近NHKの特集 「金融資本主義 – “暴走”はなぜ止められなかったのか」でも読み取れる。
1980年代 ソロモンは金融商品化(自己勘定型ビジネス)を開始した。つまり今までのように仲介手数料ではなく、材料を仕入れて商品を作るという事だった。やがてウォール街の1/4がモーゲージ債になり、ソロモン・ブラザーズはウォール街のトップに立つ。やがて調達が問題となり自己資金の何倍もの資金を借り入れる「レバレッジ」が生まれる。カウフマンは「金融は経済の補佐役」であるべきだとしてレバレッジ化に反対する。しかしカウフマンは経営委員会から外されてしまった。
金融の変化
現在の金融収縮のリスクを見通したカウフマンの知見は、この本にまとめられているにもかかわらず、生かされなかったのは残念である。
ソロモンによる80年代の高利回りモーゲージ債の「発明」、レバレッジの拡大、そして90年代の債券市場のグローバル化(新興国への進出)、リーマンによるサブプライムローンの証券化、低金利下での住宅ローンの急増。そしてリーマンはレバレッジを40倍以上にしたという。そして2000年代のCDOバブルの崩壊とリーマン破綻と歴史は、誤った一定の方向に突き進んでしまった。
カウフマンの警告は何故生かされなかったか?。そしてその警告の内容が、政策に取り入れられれば、今日の事態は、すこしは回避できたかもしれない。
カウフマンの警告は、日本の追加経済対策などにも有用な知見を与えてくれる。
危険信号と警告
最大の危険信号は、急激な負債の膨張である。カウフマンは、GNPを超える急激な負債の増大が、リスクの源泉とみている。これは、わが国にもあてはまる。
負債の中身が、特に危険であり将来の経済の安定を悪化させる信号がある。
9.8:343:229:0:0:Kinyububle:center:0:0::
1.短期借り入れの増大。
突然に流動性が枯渇した場合に備えて常に負債を返済できる用意が出来ていないし、金利上昇で真っ先に損害を与える。
(現在の日本政府の負債は、どんどん短期化し、さらにGDPの1.5倍にもなっており、今回の50兆円規模の追加経済対策で、さらに悪化する)
2.金利が最低の終端での過大な資金調達。
金融機関も個人もリスクを避けて、変動金利を選好するようになった。政府もまた資金調達の短期化により、短期証券(CB)を大量に発行するようになった。典型は、財投債と国庫短期証券である。
3.長期債券市場の低迷。
長期債は魅力が薄れ、引き受けてが少ないか利回りの上昇(価格の低下)をもたらしやすくなった。この市場が、政府財務省の領分となったのは米国も同じ。政府は、大量の借金で、長きに亘って、この市場を飽和状態にしてしまい、金利の急上昇に耐えられない民間の借りてを市場から締め出してしまったのは日米ともに同じ。
4.株式市場の機能低下
1980年代と同様に、企業の負債の増加が株式の増加(留保利潤プラス新株発行純増分)をはるかに追い抜いてしまった。また投機的な株式保有が増大するとともに外国人保有が日本市場でも30%を越える状況となっており、グローバルな変動性が高まっている。
5.金利の変動性
高い変動性はマネタリスト的な政策を反映しているが、同時に増大した負債構造に原因が求められる。負債の増加、レバレッジや先物の増加、証券化商品の国際的流通などは短期的な利回り(成果)を求める投資家の感受性が高くなることでますます増大した。
6.ハイブリッドな信用商品の急増
これはサブプライムに代表されるローン担保証券などであるが、急増を続けてきたが、崩壊前の4年間は特にひどく増加した。この種の活動は試算や負債の持ち高を増加させるのでリスクコントロールの経営改善が求められるが、リーマン破綻に見られるように、規制緩和とモラルハザードが先行し、成果をあせる金融機関の多くが失敗した。
7.金融機関の脆弱化
かれらの資産・負債が急速に膨張する一方で自己資本など資本勘定の重要性が忘れられた。資産・負債の価格変動のなかで、多くの金融機関は資本がゼロやマイナスになるリスクに晒されている。現行の資本は会計基準に合っていても、市場のテストには耐えられない。いまや流動性は、流動資産の保有よりも借入能力に依存している。
金融機関は、古典的なリスクの分散によって十分守られると考え、信用保証と保険の手段によって危機を薄められると考えている。巨大化した債券保有(短期)は、信用状態の変化に敏感に対応できると思っていようが、システム全体としては不可能である。資産を売却しようと思っても買ってくれるひとが現れない状況は、今日のように瞬時に情報が到着し共有できる時代には容易に発生するし、現に発生している。
中央銀行は、最後の貸し手、流動性の供給者の役割を持っている。しかしながら、巨大な負債の前で圧倒されてしまうことも考えられる。
このように、カウフマンの文脈で世界を観ると、負債の増大を抑制するような政策が必要であったことが理解できるし、わが国においてもそうである。
国全体として、負債発生を抑制するということ。
カウフマンの文脈に沿って、政策を眺めてみた。
1.政府の財政赤字は大幅に削減されねばならない。民間と衝突して資金を集めるような公的債券の増発は止めるべきであろう。投資資金は民間企業の生産(と雇用)のために有効に供給されるべきである。
(日本では公的部門ばかりが資金を調達し過大な債務を抱えている。門間企業部門や個人部門の債務は少ない。)
2.金融市場と金融機関に対する監視と規制が必要。中央銀行は貨幣供給の監視のみならず、金融危機を除去する介入が必要かもしれない
3.自己資本比率の減少や資産の不良化の影響を緩和するために、貸付、買取、投資慣行を控え目にし、資本勘定を実質価値で保全するような背策や指導が必要であろうし、個別金融機関の信用情報の詳細な開示が必要になる。
弱体化した金融機関(含む政府系、公共系)の情報が隠蔽されずに、治癒努力がすぐに出来るように。毎度、事態が悪化してから格付けが変更されるような状況は、奇妙であろう。
また カウフマンは言っている。
景気後退期の財政赤字を好況期を利用して財政黒字に転換することなど、これまで決して実現しなかった。(日本も同様で赤字のごくわずか減少する程度であった)。財政政策、大幅な構造的赤字に悩む米国では、せいぜい望めることは、経済状況に機敏に対応する財政政策でなく、財政赤字を漸次減少させることである。
現在の日本の追加経済対策は民間への資金供給を圧迫すること、過大な債務をさらに膨らますことから「??????」ということになる。
さらにカウフマンは言っている。
ケインズ経済学の凋落をもたらした最も重要な点は、過去の2桁のインフレの襲来であった。大不況を止める効果はあったが、インフレに対する対応策をもたなかったために栄光の座をマネタリストに譲ってしまった。
1980年代の末ではあるが、
「複雑で国際化した金融と経済の理論はまだ現れていない。マネタリストは信用フローを無視して貨幣供給量に焦点を当てており、金融と経済の相互作用を扱えていない。またケインズ政策もマネタリストも政策が与える国際的影響と相互作用を考えず国内問題を主眼としている。」とカウフマンは言っている。
サミットは政治の場でしかないのでしょうか、国際金融&経済学はまだまだ遅れているのでしょうか。
参考1:国債残高と公的債務
参考2:短期国債、国庫短期証券の発行増

13 thoughts on “金融危機と信用収縮:カウフマンの警告

  1. 最近のカウフマン発言:金利上昇

    米著名エコノミストのヘンリー・カウフマン氏は、フォーラムでの講演で、金融危機は「第二次大戦後、最悪の状態だ。大統領選で誰が勝っても、政府歳出は今後数年間、膨らみ続けるだろう。財政赤字は7000億─8000億ドルが標準となり、税収が顕著に鈍化する一方、歳出は増加するだろう」と述べた。
    カウフマン氏は「連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)と連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)の救済と今回の金融安定化策が、財政負担をさらに拡大するだろう」と指摘。
    米政府が劣化した債券を買い入れる一方で国債発行を増やせば、「いずれすべての債券類の利回りが上昇し、質の高い債券と低い債券のイールドスプレッドが一定程度縮小するだろう」と述べた。

  2. 不況のプロセス:ロビンソン教授

    NY大Roubini教授の、金融災害(Financial disaster)のプロセス
    ステップ1.米国市場最悪の住宅不況で、住宅価格が20~30%下落し、$4,000bn ~$6,000bn(約450~650兆円)の資産価値が失われる。 ホームエクイティがネガティブになるケースが増え、また多くの住宅建設事業者が倒産する。こうした数値はこのブログでも過去に紹介した通り。
    2.サブプライムローンによる損失が、現在推定されている $250bn-$300bn(約30兆円)程度から拡大。例えばGSは$400bnと推定。住宅価格が20%以上下落すると、更に拡大。貸し渋り激化の要因。
    3.クレジットカード、自動車ローン、学生ローン等の消費者金融における巨額損失。信用収縮があらゆる消費者金融分野に及ぶ。
    4.モノライン事業者の格下げによる追加の評価損($150bn、15~20兆円)
    5.商業用不動産市場の崩壊
    6.大きな地域、全国銀行の倒産
    7.無謀なLBOの破綻による巨額損失。数十兆円規模の損失が金融機関に。
    8.会社の立て続けの倒産。社債をヘッジする“credit default swaps"に損失が拡大($250bn、約30兆円)し、保険事業者の一部が倒産する。
    9.ヘッジファンドの苦境に伴い、”shadow financial system"が崩壊し、SIV等中央銀行から直接借り入れの出来ない組織.の資金調達が困難となる。
    10.ヘッジファンド、”margin calls”や”shorting ”の失敗により、更なる株価下落
    11.支払い能力への懸念の急拡大による、金融市場の流動性の枯渇
    12.資本減、信用収縮、資産の投売りによる悪循環
    金融市場の損失は、$1,000bn(110兆円)を超え、政府・中央銀行による対策には限界があるという。

  3. 不況のプロセス:ロビンソン教授

    NY大Roubini教授の、金融災害(Financial disaster)のプロセス
    ステップ1.米国市場最悪の住宅不況で、住宅価格が20~30%下落し、$4,000bn ~$6,000bn(約450~650兆円)の資産価値が失われる。 ホームエクイティがネガティブになるケースが増え、また多くの住宅建設事業者が倒産する。こうした数値はこのブログでも過去に紹介した通り。
    2.サブプライムローンによる損失が、現在推定されている $250bn-$300bn(約30兆円)程度から拡大。例えばGSは$400bnと推定。住宅価格が20%以上下落すると、更に拡大。貸し渋り激化の要因。
    3.クレジットカード、自動車ローン、学生ローン等の消費者金融における巨額損失。信用収縮があらゆる消費者金融分野に及ぶ。
    4.モノライン事業者の格下げによる追加の評価損($150bn、15~20兆円)
    5.商業用不動産市場の崩壊
    6.大きな地域、全国銀行の倒産
    7.無謀なLBOの破綻による巨額損失。数十兆円規模の損失が金融機関に。
    8.会社の立て続けの倒産。社債をヘッジする“credit default swaps"に損失が拡大($250bn、約30兆円)し、保険事業者の一部が倒産する。
    9.ヘッジファンドの苦境に伴い、”shadow financial system"が崩壊し、SIV等中央銀行から直接借り入れの出来ない組織.の資金調達が困難となる。
    10.ヘッジファンド、”margin calls”や”shorting ”の失敗により、更なる株価下落
    11.支払い能力への懸念の急拡大による、金融市場の流動性の枯渇
    12.資本減、信用収縮、資産の投売りによる悪循環
    金融市場の損失は、$1,000bn(110兆円)を超え、政府・中央銀行による対策には限界があるという。

  4. サブプライムの損失

    2008年3月期決算
    主要金融機関のサブプライム関連損失
    みずほFG   6450億円
    野村HD    2620億円
    農林中金    1869億円
    三井住友FG  1318億円
    三菱UFJFG 1239億円
    あいおい損保   949億円
    住友信託銀行   793億円
    ※金融保証保険(モノライン)などの損失も含む

  5. サブプライムの損失

    2008年3月期決算
    主要金融機関のサブプライム関連損失
    みずほFG   6450億円
    野村HD    2620億円
    農林中金    1869億円
    三井住友FG  1318億円
    三菱UFJFG 1239億円
    あいおい損保   949億円
    住友信託銀行   793億円
    ※金融保証保険(モノライン)などの損失も含む

  6. 2009年3月期の金融機関決算

    銀行や証券など国内主要金融機関の2009年3月期決算の純損失が、判明分だけの合計で3兆2000億円に上る。
    野村ホールディングスの7094億円の赤字
    みずほフィナンシャルグループは5800億円の純損失の見込み
    三井住友フィナンシャルグループが3900億円、三菱UFJフィナンシャル・グループも2600億円の赤字
    農林中央金庫も、有価証券全体で6000億円強の損失が発生し、5700億円の純損失(単体)を予想。
    不良債権処理で大手銀行が4兆6000億円超の赤字を計上した03年3月期以来、6年ぶりの水準

  7. 2009年3月期の金融機関決算

    銀行や証券など国内主要金融機関の2009年3月期決算の純損失が、判明分だけの合計で3兆2000億円に上る。
    野村ホールディングスの7094億円の赤字
    みずほフィナンシャルグループは5800億円の純損失の見込み
    三井住友フィナンシャルグループが3900億円、三菱UFJフィナンシャル・グループも2600億円の赤字
    農林中央金庫も、有価証券全体で6000億円強の損失が発生し、5700億円の純損失(単体)を予想。
    不良債権処理で大手銀行が4兆6000億円超の赤字を計上した03年3月期以来、6年ぶりの水準

  8. 金融の安定化は?

    金融機関の潜在的損失額についてみると、IMFが09年4月に発表した国際金融安定化報告書における試算においては、日米欧合計で約4.1兆ドルに上ると試算されている。そのうち、アメリカで組成された貸出債権・証券に係る損失額については、景気後退の深刻化に伴い、08年10月発表時点の約1兆4,000億ドルから約2兆7,000億ドルへと大幅に増加している
    金融危機発生の根本的要因の一つは、欧米の金融機関における過度に高いレバレッジ比率
    国際金融安定化報告書における試算では、有形資産(Tangible Assets)の有形普通株式株主資本(Tangible Common Equity)に対する倍率と定義したレバレッジ比率について、08年の水準(TA/TCEは27倍)が、レバレッジが上昇する前の90年代半ばの水準に(同17倍)に戻るとした場合のケースについて、必要となる増資額は、今後発生すると見込まれる損失を考慮に入れると、1.7兆ドルにも上る増資が必要とされている

  9. 金融の安定化は?

    金融機関の潜在的損失額についてみると、IMFが09年4月に発表した国際金融安定化報告書における試算においては、日米欧合計で約4.1兆ドルに上ると試算されている。そのうち、アメリカで組成された貸出債権・証券に係る損失額については、景気後退の深刻化に伴い、08年10月発表時点の約1兆4,000億ドルから約2兆7,000億ドルへと大幅に増加している
    金融危機発生の根本的要因の一つは、欧米の金融機関における過度に高いレバレッジ比率
    国際金融安定化報告書における試算では、有形資産(Tangible Assets)の有形普通株式株主資本(Tangible Common Equity)に対する倍率と定義したレバレッジ比率について、08年の水準(TA/TCEは27倍)が、レバレッジが上昇する前の90年代半ばの水準に(同17倍)に戻るとした場合のケースについて、必要となる増資額は、今後発生すると見込まれる損失を考慮に入れると、1.7兆ドルにも上る増資が必要とされている

  10. 金融収縮が続く

    国際金融市場の縮小が止まらない。2009年末の先進国銀行の国際市場での信用供与残高(融資+債券保有の合計)は33兆8,000億ドル(円換算で3,200兆円)と2008年3月末のピークから6兆6,000億ドル(円換算で620兆円)減った。
    銀行による大規模信用収縮が起きているのに世界景気が底堅い理由は2つあり、一つは融資の選別であり、もう一つは政府支援である。欧米の政府・中央銀行は銀行から2兆ドル(円換算で190兆円)を超える国債や政府機関債を買い取っている。
    今までに190兆円ものリスクが中央銀行に集まっている。

  11. 金融収縮が続く

    国際金融市場の縮小が止まらない。2009年末の先進国銀行の国際市場での信用供与残高(融資+債券保有の合計)は33兆8,000億ドル(円換算で3,200兆円)と2008年3月末のピークから6兆6,000億ドル(円換算で620兆円)減った。
    銀行による大規模信用収縮が起きているのに世界景気が底堅い理由は2つあり、一つは融資の選別であり、もう一つは政府支援である。欧米の政府・中央銀行は銀行から2兆ドル(円換算で190兆円)を超える国債や政府機関債を買い取っている。
    今までに190兆円ものリスクが中央銀行に集まっている。

  12. インフレはまだ

    マネーサプライの増大が、コストプッシュインフレを起こすのではと心配する向きもあるが・・。原材料価格の上昇や賃金上昇など、供給側の要因で起こるインフレが浸透すればそうなるでしょうが、いまのところ需要が低迷し、デフレの心配が海外でも大きい。海外がインフレ懸念で利上げが起きれば、円安要因。日本は、デフレから抜け出すのは送れそうです。

  13. インフレはまだ

    マネーサプライの増大が、コストプッシュインフレを起こすのではと心配する向きもあるが・・。原材料価格の上昇や賃金上昇など、供給側の要因で起こるインフレが浸透すればそうなるでしょうが、いまのところ需要が低迷し、デフレの心配が海外でも大きい。海外がインフレ懸念で利上げが起きれば、円安要因。日本は、デフレから抜け出すのは送れそうです。

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